珈琲ゼリィ  珈琲ゼリーを食べるのは本当に久し振りだ。  アルミの薄っぺらい蓋をめくると、ぷうんと香ばしい香りが鼻先をくすぐ る。容器の中には水っぽくて、真っ黒いゼリーがぷるぷるしている。それは 私の服の色よりも、帰り道で見た夜空の色よりも、もうちょっとだけ私に優 しい黒に見えた。  ほんの少しずつ、ミルクを垂らす。ゆっくりと、ゆっくりと。決して急い てかき混ぜたりしてはいけない。夜の闇にぽっかりと空白が開いていくよう に、ミルクの白がだんだんと広がっていくのを、ぼんやりと見つめて、待つ のだ。そしてその黒と白が、端っこの方で一番親しげに混じりあった頃合に、 銀色のスプーンでゼリーをひとかけやんわりとすくいとるのだ。  昔から、コーヒーは飲めなかったがコーヒーゼリーは好きだった。それは ある種の懐かしさを食べるようなものだと思っている。幼かった頃のあれこ れが、口一杯の甘さと、微かな苦味で蘇る。  今日が特別物悲しいということはない。コーヒーゼリーを食べるのは本当 に久し振りだ。 ◆ ◇ ◆ ◇  私は昔から泣かない子だった。  女の子なのに泣かないことにかけては、ご近所でもちょっとした評判だっ たほどだ。  あそこの家の妹さんは強い子ね、と。  小さな事にすぐ意地を張る子供だった私は、その評判をちょっとした誇り にさえしていた。  そんな私だが、憶えているかぎりでは一度だけ、泣いたことがある。 ◆ ◇ ◆ ◇  小学校六年生くらいの頃だったろうか。  それは、父がアルコール中毒から脳卒中という合わせ技でこの世を去って からずっと、母が一人細腕で支えていた我が家の家計が、姉が看護学校に進 学して寮に入ったことで決定的にきゅうきゅうしだした時期だった。  周りの友達が、洋服や、学校に持ってくるちょっとした小物に小遣いをつ ぎ込んでいたときに、私の楽しみは、週に一度、母から貰ったばかりの百円 玉を握りしめて、近所のスーパーまで一個八十円のコーヒーゼリーを買いに 走ることだった。  買ってきたゼリーは、すぐには食べない。母がお小遣いをくれるのは月曜 日と決まっていたが、私は水曜日までゼリーを冷蔵庫の中にしまっておいた。  なぜなら水曜日には私の大好きなテレビ番組があったからで、夕食の後に テレビを観ながら食べるコーヒーゼリーの、あのなんとも言えない美味しさ のために、私はいつも自分に二日間の我慢を強いたのだ。  水曜日に食べるのなら水曜日に買ってくればいいようなものだが。そこは それ、冷蔵庫を開けるたびに今すぐ蓋を取って食べたくなる衝動を押さえな がら、六十時間以上をじっ堪えて待つことで、いざ食べるときの楽しさもい っそうひきたつというものなのだ。  今思えば我ながらしょうもないことにこだわっていたなと笑いたくもなる が、他に何も贅沢が言えなかった環境の中で、週に一度っきりのコーヒーゼ リー・タイムは子供だった私にとっての至福の時間として、魅力的に輝いて いたのだ。  私が泣いたのは夏休みのある日で、その日は水曜日、私の一週間で一番素 敵な時間が訪れるはずの一日だった。  その日は、久し振りに帰省していた姉がまた寮に戻ってしまう日で、母は、 朝から何かと忙しかった。  母は朝早く起きて姉に持たす弁当を作ってから、姉を駅まで見送り、その 足で仕事場へと向かっていった。  私一人になった家の中は、姉が帰ってしまったことで火が消えたように活 気を失っていた。 はきはきして我の強い姉と評判の意地っ張りである私は、 顔を合わすたびに憎まれ口を叩きあう仲だったのだ。なんだかひどく退屈に なってしまった家の中で、私は夜のテレビとコーヒーゼリーの事だけを楽し みに思いながら一日を過ごした。  だから、いつもの時間に母が帰ってきて夕食時になったとき、私は驚いた。  冷蔵庫の中にあったはずのコーヒーゼリーが、ぽっかりと消えていたのだ。  聞けば、母が姉に持ち帰らせてしまったのだという。  私はひどく腹を立てた。 母に何度も「ばか!」を浴びせかけ、睨みつけて ふくれた。  母の気持ちが分からなかったわけではない。  大変らしい看護実習で、見るからに前より痩せてしまった娘を思いやる母 の気持ち。  不安定な一人暮らしに戻ってしまう長女に野菜や生活用品を持たせてやる とき、それと一緒に、何か一つでも、必要なものではなくて、彼女の楽しみ になるようなものを持って帰らせてやりたいと思った母の気持ち。  なのに持たせてやれるものは何もなく、ふと冷蔵庫の中にぽつんとあった コーヒーゼリーに目がとまった時の母の気持ち。  そんな気持ちが分からないでもなかったが。私は持ち前の意地で、一度腹 を立てると自分でも手がつけられなくなる怒り方をする子供だったので、夕 食はひどくつまらないものになった。  私も母も、「いただきます」と「ごちそうさま」以外は一言も喋らず、終 始無言で黙々と食事を終えた。母は食事中ずっと私と目を合わせずに、すま なそうに俯いていたし、私は私でいつもよりもずいぶん早く食べ終えて、さ っさと椅子を立った。  その後私は居間でテレビにかじりついていたので、夕食の後片付けをして いた母が、いつの間にか姿を消したことには気が付かなかった。  毎週欠かさず観ていたお気に入りの番組は、コーヒーゼリーがないせいで 全く面白くなかった。それでも観ることをやめなかった理由は、他にするこ とがなかったのと、習慣づいた一種の義務感のようなものと、あとは多分― ―その時は自分では気がつかなかったのだが――母へのあてつけの気持ちが あったのだと思う。  人生で一番つまらない一時間が過ぎて、私が丁度テレビのスイッチを消し たときに、玄関のドアががちゃんと閉まる音がして、母が帰ってきたのが分 かった。 私はそのとき初めて母がどこかに出かけていたことを知った。  たった一言。 「ごめんね」母は言った。「間に合わなくて」  そして、くしゃくしゃの、他に何も入っていないスーパーの袋の中から、 たったひとつのコーヒーゼリーを取り出して、私の前に置いたのだ。  ことん。  私は心臓をなにか強いものでぐっと押されたような気持ちになって、何も 言えなかった。  私はそのコーヒーゼリーを、台所で、母が洗い物をしている背中を見なが ら食べた。  食べながら私はずっと、母のことを考えていた。  毎日身を削るようにして働きづめている疲れた体で、わざわざたった一つ のコーヒーゼリーを閉店間際のスーパーまで買いに行った、母のことを考え ていた。  そうして三度目のスプーンを口に入れたとき、突然ぽろりと涙がこぼれた。  そんなにたいしたことでもないのに、もっと悲しいことなんていくらでも あったはずなのに、なぜだか涙が止まらなかった。  そのコーヒーゼリーは今まで食べたどんなコーヒーゼリーよりも美味しく て、そして、今まで食べたどんなコーヒーゼリーよりも苦かった。 ◆ ◇ ◆ ◇  母の葬式が終わって、そのあと身内でこまごまとした事を片付けていたら、 もう夏の一日はすっかり暗くなっていた。  お通夜の日からのばたばたし通しだった慌ただしさが終わって、私はなん だかすっかり力が抜けたようになっていたし、帰ってお米を炊くのも面倒な 気分だったので、アパートに帰る途中でコンビニに寄って、適当にパンとお にぎりを見繕って買った。  レジへ向かおうとした私の足を、商品棚の奥にたった一つだけ、ぽつんと 売れ残って置かれていたコーヒーゼリーが立ち止まらせた。時間が時間なた め、前の方から順番に売れていってしまった結果だろう。  しばらく迷って、結局私はそのコーヒーゼリーを手にとった。  何も置くもののなくなった棚は、がらんとして、火葬場のように寂しくな った。  電気を点けない薄暗い部屋の中で一人でコーヒーゼリーを食べていたら、 人生で二度目の涙が出てきた。姉の病院から電話があって母が死んだと聞か されたときも出てこなかった、葬式の後で母の荷物を片付けていたときも出 てこなかった涙が、出てきて出てきて止まらなかった。  ああ、やられた、と思った。  私の意地もコーヒーゼリーには勝てない。  コーヒーゼリーを食べるのは本当に久し振りだ。 (That's all)